名大医学部学友時報 第635号(2002.12)より

名大病院長就任御挨拶

 

病態外科学講座泌尿器科学教授  大島 伸一 


 

 病院長の就任にあたり学友の先生方に御挨拶申し上げます。今、名古屋大学は平成16年4月からの国立大学
の法人化を迎えて大きな混乱の中にあります。100年以上続いた制度が変わるため新しい制度をどのようにするのか、その設計に全学を挙げて取り組んでいます。法人化は国の財政の悪化を磯にして起きた行政改革の国立の組織をすべて見直そうという一連の動きの中から出てきたものであると理解しています。国立大学に問われ、求められていることは国立大学が国民や社会の要請にきちんと応えているのかであり、国費を投入する限り、それに見合う国立大学の役割と使命を確実に果たすことができるような組織への改変であります。国民に対する.公約ともいえる中・長期計画を自ら策定、公表することが義務づけられ、その計画の達成のために必要な公費を投入するかわり、一定期間後には計画が達成されたかどうかを、きちんと評価して公費の投入の枢続について考えるというものであります。法人化後の大学の運営管理は、国からの規制をできるだけ外して大学独自の裁量権を大幅に増やし、自己決定、自己責任の精神でゆくという筋書きのようです。

 医学部の教授会でも、法人化問題を巡り、この数カ月、厳しい議論が続けられています。大学病院は更に複雑な問題を抱えています。大学の中の唯一の現業部門で1000床以上の病床を抱え、職員数1500人以上、予算規模200億円以上であるという特殊な事情を有しています。従って、大学病院は他の学部と同じような枠組みで考えることができません。しかも、法人は一大学一法人ですから、財政規模の大きい大学病院が赤字を出し続けると他の部局への影響も大きく、そのような意味からも大学病院の法人化への取り組みと対応が全学から注目されているところであります。

 改めて言うまでもなく、大学病院の使命と役割は新しい医学医療の構築、難治疾患への挑戦が第一であります。更に、学生、研修医、専門医教育、コメディカル教育があり、これらを達成するために大学病院の環境をどう整備するかを考えると、時間的にも能力的にも過酷なものであり、しかも、健全経営という運営管理まで含めるといかに困難なことを要求されているかと思わずにはいられません。一方、現在の医療をとりまく環境は大きく変容しつつあり、まず、医療に対する考え方が根本から変わりました。患者の権利意識の向上、消費者主義の傾向は「お医者さま」の時代から「患者さま」の時代になり1000年以上続いたパターナリズムは完全に否定されました。

 また、世界に誇った我が国の、いつでも好きな時に、好きなところへ行って、お金の心配をせずにかかること
のできた医療制度は破綻しました。国全体の財政の悪化が医療界にも押し寄せ、病院の生き残り競争が教化してきています。更には、1968年の心臓移植問題から始まりソリブジン事件、エイズ事件、最近では患者取り違え
事件、カルテ改鼠問題など、医療事故問題が大きく取り上げられ、大学病院に対する不信と攻撃にはとどまると
ころがありません。

 このような状況下にあって、名大病院はどうすべきか、病院長として何をしなければならないのかであります。何をおいても、まず名大病院はどうあるべきかを具体的に明らかにし、そのためにはどのような人材を集め、どのような組織と仕組みを作ればよいのか、そしてそれを実行するためにはどれほどのお金がかかるのかを明らかにしてゆくことだと考えました。私は最初の仕事として以下のような目標を挙げ、就任の日に職員を前に所信として、1)安全、かつ、最高水準の医療を社会に提供できる病院、2)優れた医療人を養成することができる病院、3)次代を担う新しい医療を開拓できる病院、4)最高レベルの人材が広く集まる病院、5)地域社会及び職員が全国に誇り得る病院を目指すこと を表明させていただきました。100年以上にわたって、この地域の医療を中心となって支えてきたのは名大病院であり、名大病院が輩出した人材であるという自負と誇りが私達にはあり、また、名大病院はこの地域の誇りでもあったと信じています。今は未曾有の変革の時期であり、今後について大きな不安がありますが、名大病院が信頼を回復し、名大病院の権威と誇りと尊厳を名実ともに取り戻すことのできる大きなチャンスと考え、本来の役割と使命を着実に果たし、世界に冠たる病院となるよう制度改革を進めてゆきます。

 学友の先生方には名大病院の直面している事情をご賢察いただき、今までより以上の御支援を賜りたいと存じます。宜しくお願い申し上げます。


 

    [就任インタビュー]
 

Q 大学病院の現在の状況についてお聞かせください。

 今、大学病院がおかれている状況は社会的に非常に厳しいものです。昔、私が学生の頃には、医者は”お医者さま”とよばれ、医者や医療に対する社会や患者さんの信頼は非常に高く、その碩点に立つものとして大学病院が存在していました。しかしながら、この数十年で明らかになってきた様々な医療過誤問題等によって、現在はマスコミなどでも騒がれているような医療不信が広がり、大学病院に対する信頼も失われつつある状況です。また、医療に対する考え方は、ヒポクラテス以来の考え方であった決定権は医者にあるというパターナリズムから医者と患者がいっしょに医療を行っていくというパートナーシップに変化してきています。その変化についても、大学病院は世間の変化に後ろからついていくという感があるのは否めません。また、大学病院というのはお金のことはあまり考えずに教育と治療にあたってきましたが、現在既に医療保険制度の破綻の影響が出始めており、今後独立行政法人化するに際して、根本からの改革が必要な状況におかれています。

Q 当面名大病院が取り組んでいかなくてはならない問題点は何でしょうか。

 当面取り組むべき問題点は、大きく分けて3つあります。1つは、独立行政法人化するに際し、名大はどうするのか、どうなるのかではなく、自分達でどうしたいのか、どういう病院にしたいのかということを考えていくことです。2つ目は、これからの医療のあり方のキーワードである安全と質の高い医療を提供できるようにどうしていくのかということです。最後に先ほども述べた経営改善問題があります。

Q 学生にメッセージをお願いします。

 まず、医学部に入るというのがどういうことなのかということをきっちりと考えてはしいと思います。最近の学生にどうして医学部にきたのかと聞くと、“とりあえず”といったような内容の答えを耳にすることが多くなってきています。医学部というのは、将来的に何らかの形で医療行為を行う医師になるということがかなり高い確率で決まっている学部です。高校から大学へ進む際に、医者になろうということを自分で決めたという確認をきちんとしてほしいと思います。また、医学生というのは、医者と一般の人との中間の立場にあるため、両方の感覚で医療や医者に触れることができるので、それを活かして学生の問に、自分がどういう医者になりたいのか、またどういう医者にはなってはいけないのかということを考えてほしいと思います。

           (インタビュアー 谷澤 朋美)